幻想廃墟の裏庭空間

「そこに真っ白な空白があると、何かを書きたくならない?」

潜むものにとって、春とは、命の事を指していた。
そよ風に揺らめく草木の光沢や、その柔らかな絨毯の上を白い兎がはねる姿。
木の上で猿が実を食べ、捨てた種に蟻の隊列が近づいてゆく。その蟻を蒼い鳥が嘴で摘まんで巣に持ち帰り、巣の中の雛に与えている。

そういった営みを探して、雪に覆われた森の中を歩いていると,陽の光を吸い込んだような色の毛並みが、白い雪に埋もれていた。
それを口でつかみ上げると、雪を被った狐がぐったりと力尽きていた。
食べ物はないか、と咥えあげられた狐が言う。
地面に落としてから。ない、自分で探すが良い。と返す。
そもそも狐が何を食べるのかといえば、肉や虫だったと想うが、それらは遥か雪の下にある。
それらは私では掘り出せないし、余り興味もない。

かわりに、倒れ込んだ狐を背に載せる。
何をする。
勝手に歩くから、好きなときに降りろ。
そう言い放って好きに歩く。
しかし狐と言うものは存外暖かいものだな。
飢えて雪の中に埋もれて、なお暖かいとは意外だった。
もっと冷たいものだと想っていた。もしかすると雪の中で寝ていただけかもしれない。
そんな所を寝床にする奴がいるか。
にべもない。
暫くの間歩き続け、氷が張った川にたどり着く。
ここらで下ろしてくれ、と狐はかたり、降ろしてやると、上手に四つの足で着地する。
ある程度は回復できていたようで、そのまま二つの前足で器用に雪をかき、頭だけ埋まるような姿になる。

ほうほう、そうやって獲物をとるのか。
感心して言うと、狐は後ろ足で器用に穴から這いだした。口の中には小さなネズミが咥えられている。
そう言うお前は一体何を食べているのだ。
さてな、私は一度もそれを意識したことがないのだ。
便利な奴だ。
そういい、狐は再び前足で器用に雪を掻いて、その下に住む鼠をたべる。
旨いか?
不味い。
そうか。
だが食わねばならぬ。
そうだな。
不味くても生きねばならぬのだ。
知った風に言う狐だな、と思う。
それで、お前は何を探しているのだ?
首を空に掲げ、のっそりと返す。
春を、探している。
詩人だな。
詩人がなるのは虎だろう。
三月記か。
うむ。
まあ、せいぜい言葉に囚われぬようにな。獣が獣になると何に変じるか、興味は尽きないが。
そういって狐は歩き出す。まだ足が震えており、休養が足りないと見える。
その狐が言う。
そうだ、雪解けの春ならば川の向こう側にあるぞ。
位置ではなく、そこに生きる者のあり方の話だ。
ふ、と狐は息を吐く。
在り方、か。
そうだ、在り方の事だ。
それきり、言葉を交わさずにお互いに道を分かれ。
ある時、雪をくり抜いた狐の穴を見つけ出す。
あの狐の視点が気になり、中を覗いてみると
そこには、一つの双葉が生えていた。
これもまた、春といえるだろう。
しばらくそれを眺め、美味いものを咀嚼するようにとっくりと頷き。
潜む者はまた、別の春を探しに、のっそりと歩き出す。