幻想廃墟の裏庭空間

「そこに真っ白な空白があると、何かを書きたくならない?」

それは、森に佇む村を眺めていた。

そこでは小規模ながらも様々な人が住み、種をまき、施設を作る。
斧を手に取り木立を切り、薪にして火にくべる。
潜むものは、それをぼんやりと眺めている。
子どもが怪我をして泣くときも、軍隊が食料を求めてきたときも。
腰を曲げて白い髭を伸ばした長老が大人に指示し、子どもたちはそれをみる。
必要なものを狩り、毛皮で作った服や手袋、布や肉を商人に渡し。
彼らはその代わりにちいさな種を祈るように受け取っていた。

ささやかな穴を掘り、種を蒔き、土を被せて縄で囲う。
潜むものは、それをじっと眺めている。
少女がこちらを向いて手を振ってきて、あくびを返す。
秋が来て、森の中に枯れ葉と共に北風が吹き、高いそらへと舞い上がる。
草花が色を失い、木がくすんで枯れ果てていく中。
木立から覗く蒼い夜と黄色い月が美しい。

その夜に紛れて、村人が作った畑に狐や狸が夜な夜な現れては、摘まんでゆく。
冬に備えて何かが食べた肉が転がり落ち、鴉の鳴き声が森に響いては溶けてゆく。
枯れ葉が絨毯のように積み上がった土。
目に見えて餓え始める森の中に、綿のような白が落ちてくる。

雪だ。
村の戸は閉まったまま、外に出る人の姿は少なくなっている。
いつも絶えることのなかった川のせせらぎは少しずつ緩やかになり。
村の家屋は少しずつ雪に埋もれてゆく。
鉄製のスコップをもち、大人達が掻い出して、余った雪を子どもたちが転がしている。
雪の玉を作り、或いは手に取った雪を投げ、はしゃいでから家の中に入ってゆく。
それも最初の数日だけ。
冬の森は静かだ。
静寂の中、動く音も稀な森の中を、潜む者はじっと眺めている。
自分の体も、凍った川も、家屋や洞窟も。全て白く染まってゆく。
動物の足跡だけがささやかに、生き物が住んでいる事を物語る。
春になっても雪は降り。
眠る獣たちは目を覚まさず。
花々や草木あの種もみも、現れない。
痩せこけた大人たちのいくつかは、軋むような古い木で出来た、円を二つ取り付けた板に沢山の荷物を載せて運び出し。
彼らの足跡だけが残り、雪がその後も白く塗りつぶしてしまう。
その中のひとりがこちらに向けて手を伸ばし。こちらは軽く手を振った。
私は何かしらの意味を持っているのだろうか。
漠然と空を眺める。
雪は未だやみそうにない。
だが、少しずつ、確実に春の足音は近づいている。
たとえばそれは、木から落ちる雪たちや。
つららから滴る水が一滴ずつ、深い穴を作る様子。
或いは、森の外から渡ってきた鳥達や、少し溶けて硬くなってゆく雪から感じ取れる。

そうして、一日過ぎる度に、春の足跡を読み取っている。
春に、何かを期待しているのか。
潜む者は、瞳を開けて、四つの足をあげて立ち上がり。
顔を上げて、春の欠片を探す為に歩き出した。