幻想廃墟の裏庭空間

「そこに真っ白な空白があると、何かを書きたくならない?」

大きな影は、地面を泳ぐ。
草原を涼風のような速さで渡り、切り立った崖に至ればその複雑な地形に合わせて身体を歪ませ、地面の底にある穴の中に入り込む。
光の差し込まない、冷めた、色のない空間に安堵して欠伸をする。
闇の中は安住の地。
ここでは自分と同種をわける必要はないし、自分たちをひとつの大きなものに包括する一時は、それぞれの個体の記憶を覗ける至福の一時だ。
ある個体は草原を渡り、ある個体は人の街の色を食べ、ある個体は金貨と財宝の中で眠る竜のねぐらでその生き生きとした色を食べていた。
そうして記憶の中の色を食べていると。
自分の中に変わった色がひとつ、ついていることに気づく。

紅くて薄い、小さなリボン。
なんで自分にこんなものがついているのか、と不思議に思いながら、でもそれがついていることが、何だか当然の事であるような気がした。
一度眠り、目を覚ます。
無音、無色、巣の近くに色は無い。
故に外敵のいない安住の地であり、そこに食べ物がない事も示していた。

そろそろ食事に向かうため、意識と身体を分けようか。
そう思ったが、どうにもあのリボンが気になって、うまく体と意識を分けられない。
何故そんなことで別れがたく思うのか。
・・・そうか、あのリボンはひとつだけなのだ。

自分のような性質はないから分割はできないし、かといってそれを当然のものとして認識してしまった以上、ひとつだけリボンのついた個体があり、ほかの個体は当然のものがない個体、と言う事になる。
どうしたものか。
複数に分かれない、鯨のような図体ではすぐに見つかって焼かれてしまう。
ひとまずリボンを巣の中心に置いて、意識を分かち、並列的に意見を出す事にする。
これをどうしようか。
そもそもこれは何なのだ?
食うてしまうか
しかし、手放しがたい。
二度と手に入らないきがするぞ。
腹が減った。
腹が減ったなあ。
しかしこれも気になるのう。
ならば別れる個体の分手に入れればよいのでは?
おう、それはいいな。
この色は巣に置いて、
同じものを手に入れて巣に持ち帰ろうか。
面白そうだ、我々はなにを連れて戻ってくるのだろう。
全くだ。
ではゆこうか。
ゆこう。
ゆこうぞ。
口々にそういって、彼らは駆ける。
或る者は自分を刺そうとした剣の煌めきを持ち帰り、或るものは海の貝殻を持ち込み、ある動物の毛皮や、煌めくような宝石を持ち帰った者、赤色のリボンを持ち帰るものもいる。
猫や犬を口の中で住まわせて、その生き方を楽しむ者もいた。
ばらばらなそれぞれの宝物を胸に、統合して一つになると、今までより自分の記憶に色合いが増え、面白くなってきた。
次は何を探そうか。
次は何を求めようか。
地を這う影は色を持ち、濃淡は形を作る。
巣を立って、世界を廻る。
様々な色を食べては蒐集するうち、彼らの外側より内側の方が色彩が多くなり、ずっと統合した記憶の中を眺めるようになってきた。
身体は大きくなりすぎて、今も肥大化を続けている。
その中には、色彩と生き物の姿があり、やがては影の国と呼ばれるひとつの世界となっていく。
まどろみの中で影は今も夢を見続けている。
自分たちの内側で分裂と統合を繰り返し、再生産されてゆく世界群は、外よりも大きく、今も肥大化を続けている。
その中心には、大きな赤いリボンが、色褪せずに残っている。

f:id:Lual:20170410230900j:plain