幻想廃墟の裏庭空間

「そこに真っ白な空白があると、何かを書きたくならない?」

手のひらを太陽に透かして、空を掴もうと、手を握る。

本当は意味のない動作だけれど。それは子供の頃に抱いた小さな思い出に結びつき、様々な理由。たとえば、社会性、関係性、効率、政治、予測から導き出される前の発端に結びつく。

眼をつむり、最初の理由を胸に留め。
他の理由に絡みとられた身体と記憶を、ほどいていく。
自分が一本の線を捉えている感覚。
まっすぐに前を見据えて、手を握る。
陽の光を受けた暖かさが心地よく、子供の頃に抱いた夢を想起させた。
未熟故に打算も公算もなかった。
他人を知らない故に自分の底から沸き出た思い。
言葉を操るようになり、自分を疑い社会を優先させる方法を知った今ではとても見いだせない、あの思い出。
それらを反芻しながら。
木に立てかけてある剣を取り。
空に掲げ。
一歩、強く、地を踏み込む
微かな記憶の残滓とともに。
剣の重さと全重心を剣に載せる。
爽やかな。
自分の内にある全てを、この一筋に込める感覚。
軽く握った掌の動きが、それとなくその軌道を補正し。
足はそれを支え。
視線と知識はただみつめている。

剣先の軌跡を示す銀光が、音もなく弧を描く。
切り開いた空間の中には無数の気配と闇があふれている。
空間の向こう側に捕らわれたひとつの世界。
そこに向かい、背をまっすぐに伸ばし
胸を張って
自分の培ってきた全てを、今に賭ける。
怒りや悲しみや衝動ではなく、涼やかな気持ちで。
子供の頃の願いを胸に、遠い昔に凍結させた夢に、血を通す。
さて、いくか。と一言だけつぶやいて。
その姿は真っ直ぐに。
無数の障害が立ち向かう、地平線の彼方まで進んでゆく。
夢と題されたなまくらは、研ぎすまされて次元を断じ。
今もなお。

彼を、静かに導いている。

吸血鬼に関して

ねえ、貴女は吸血鬼なんだよね。
そうですけれど。
吸血鬼ってどういうものなの?
うーん。
人間ではないけれど元人間か、人間の原型を持つもので。
人間に惹かれているけれど、恨んでもいる。
面白がりつつ、怖がっている。
食べ物でありながら、天敵でもあり。
親友や恋人でもありながら、殺意を抱く。
複雑なんだね。
そうね。
貴女は人間のこと、どう想っているの?
それは犬や猫が好き?と言うぐらいに曖昧な問だけど。こうして近くで住んでいるぐらいには好きですよ。
好きなの?
うん。
血を吸われるってどんな感じなのかな。
吸われてみる?
いえ。
例えば不老不死を得られるとも言われているけれど。
今時そんな言葉では人間はついてこないかな。
そうね。
もっとこう、刹那的なもの。
小さな夜に囁いてみたり。
月がきれいな夜に微笑んでみたり。
話している時に、一歩だけ近づいて。
手を握ってみたり。
肩を寄せて囁いたり。
辛く苦しんでいる時に、相談に乗って。
美味しいワインをご馳走し。
楽しんでいる一時を分かちあい。
こういう風に、肩を撫でて。
頬に触れるぐらい近づけて。
髪の毛を指で流し。
ボタンをふたつ外して。
指と指の付け根を絡み合わせて。
押し倒して。
口づけをしてから、そのまま血を吸うの。
心や記憶、血の中に流れているものを味わって。
飲み込んで。
私の血も飲ませて、永遠を渡ると誓い合うのが。
な、生々しいね。
ロマン派と呼ばれる吸血鬼。
ロマン派?
悲劇派の吸血鬼は、好きな子と殺し合ったりするのが好き。
え、えぇ?
昔あった子の、熱い殺意を冷めた瞳で眺めて。
自分の感情は隠したまま、必死にあらゆる障害を突き破ってくる子の。
ふむふむ。
左手を吹き飛ばし。
えぇ。
なおも走り続け、前だけを見据えている魂をみつめて。
剣を素手で受け止めて、肩を爪で貫いて、ナイフで首筋をきられて口の端から血を垂らし。
少し微笑んでから、その子の心臓を一刺しする。
流れてゆく赤い血と暖かさ。冷たくなっていく体に、でも渾身の力を振り絞り。
その子は雄叫びとともに吸血鬼の胸に杭を突き刺すの。
そして、倒れた体に、祈るように膝をついて。
息を切らし。涙と血と命を零すその子の輝きを眺め。
震える指先で、頬を撫でて。
声にならないような細い言葉と、淡い月のような微笑みと共にただの灰になってゆく。
救われないね。
二人とも人間だったときは幼なじみだったんだけどね。
えぇ。
最後に灰の中に残ったのが約束の指輪だったりするとなお素敵
もういいって。
後は
まだあるの?
10個ぐらいはいえるけれど。
多いね。
本当ね。
だからキャラがぶれて仕方ないのよ。
まあ、それは解る気がします。
障害者枠も多いね。
障害者枠?
血しか飲めなくて、ほかはアレルギー反応を起こす。
肌が弱くて病気がち。
あ、なるほど。
儚げで消えていきそうだけど、独自の世界観をもって、現実を壊して行く。
例えば、白い病院の奥で、片膝を抱えて言うの。
わたし、吸血鬼にあこがれているんだ。
なぜなら、皆同じ身体、皆同じ病気になれるから。
数千万の内の1人だからといって治療費で親が自殺もしなければ。
牢獄のような病院の奥で、ただ死なないように放置されることもなく。
生きることこそ正しいなんて風に囚われず。
等しく何も為さないままに死んで行き、最後にはなにも残らない。
ねえ。
生きることより、ずっと綺麗だと思わない?
自殺幇助はやめなさい。
は、はい。
明るい吸血鬼はいないの?
マッチョメンでハンサムでアミェリケェンな笑顔を絶やさない吸血鬼なら複数人知っているわ。
そんなの、ただのボディビルダーじゃない。
全くね。
変わり種だと、飛空大陸のお姫様も居るわね。
吸血鬼なのに?
月の女神の子孫なんですって。暗い話は控えめに、兎に角明るく元気、やんちゃにおしとやかに大冒険。
Zwei2?
そう。
かわいいよね。
かわいい。
不定形の吸血鬼とか。
ヴぁんぷね。
蜘蛛を操ったり。
ダレンシャンね。
恋にあれよあれよと振り回されて。
トワイライト?
闇の組織と戦いを繰り返し。
ブレイド
死を求めて彷徨いながら人間の輝きを求めたり。
ヘルシング
初めて人に殺された衝撃が忘れられなくて、告白をしたり。
月姫
時を操る従者と小さな安寧に少し飽きて、わがままを言ってみたり。
東方。
インタビューの中でその人生と生活、罪と享楽と背徳を語ったり。
インタビューウィズヴァンパイア。
吸血鬼が当たり前の世界で、不思議で蠱惑的な倫理観の恋をしたり。
ヴァンパイアサマータイム
美味しい血を持つ女の子が伝承を探りながら色んな吸血鬼に愛されたり。
アカイイト
近未来の世界で手に人面疽をもつ吸血鬼が膨大な過去を切り捨てるために旅をしたり。
吸血鬼ハンターD
SFを下地に法王の国と吸血鬼の国の間で殺し合うふたつの種族の可能性を探ったり。
トリニティブラッド
表題だけどあまり吸血鬼関係なかったり。
ヴァンパイアセイバー。
村を丸ごと住処にしたり。
彼岸島
屍鬼の方。
彼岸島は?
あ、あまり好きじゃない。
吸血鬼ゴケミドロは?
じ、実は見たことがなくて。
B級映画、嫌い?
実は。
吸血鬼の風上にも置けないわ。
えぇ。
ブラムストーカーは?
カーミラはよめたけれど、ブラムストーカーは、なんというかクリーチャーともいえず、人間よりのよう、例えば青髭みたいな感じがして。
そう?
悪魔城ドラキュラ
64主人公のキャリーさんが一番可愛くて素敵。
吸血鬼視点だとそうでしょうね。
リアラーネット。
私兵器だもん。
浮遊する変態。
ドゥエ。
混沌に飲まれるからこの話題はやめましょう?
ブラッドプラス。
押井守の小説は読んだけれど、なんというか吸血鬼はただの舞台装置じゃない?
吸血鬼美夕。
み、みたことないです。
けちな、はいきょうしゃめ、でていけ!
急にウィザードリィにならないでよ、驚くじゃない。
まあ、多いね。
これでも10分の1にも満たないのでは?
多すぎです。
あなたはどんな吸血鬼でいたいの?
そうねえ。これと言って。
でも、吸血鬼と言えば、と言うものはあるのでしょう。
うん。
倫理感が何処かこわれていて。
強く何かに憧れている。
世界や人間のどうしようも含めて楽しんで。
好きな人を誘惑しながら、血を吸う事をどこか躊躇っている。
割り切れない自分との葛藤を抱えて。
小さな子供のように、ずっと、誰かを求めて彷徨ってる。
設定的には完全で、心としては不完全で不安定。
心の底では寂しがり屋で、いつもなにかを祈っている。
複雑ね。
複雑な割にデフォルトでしかないから少し色を加えて。
その上、光や雨のことを考えて生活を考える。
ハードル、高くない?
とてもたかい。
もう少し限定してみては?
ちょっと考えているけれど、それはそれで寂しいのよ。
お姫様ポジションは別にいるし、ね。

大きな影は、地面を泳ぐ。
草原を涼風のような速さで渡り、切り立った崖に至ればその複雑な地形に合わせて身体を歪ませ、地面の底にある穴の中に入り込む。
光の差し込まない、冷めた、色のない空間に安堵して欠伸をする。
闇の中は安住の地。
ここでは自分と同種をわける必要はないし、自分たちをひとつの大きなものに包括する一時は、それぞれの個体の記憶を覗ける至福の一時だ。
ある個体は草原を渡り、ある個体は人の街の色を食べ、ある個体は金貨と財宝の中で眠る竜のねぐらでその生き生きとした色を食べていた。
そうして記憶の中の色を食べていると。
自分の中に変わった色がひとつ、ついていることに気づく。

紅くて薄い、小さなリボン。
なんで自分にこんなものがついているのか、と不思議に思いながら、でもそれがついていることが、何だか当然の事であるような気がした。
一度眠り、目を覚ます。
無音、無色、巣の近くに色は無い。
故に外敵のいない安住の地であり、そこに食べ物がない事も示していた。

そろそろ食事に向かうため、意識と身体を分けようか。
そう思ったが、どうにもあのリボンが気になって、うまく体と意識を分けられない。
何故そんなことで別れがたく思うのか。
・・・そうか、あのリボンはひとつだけなのだ。

自分のような性質はないから分割はできないし、かといってそれを当然のものとして認識してしまった以上、ひとつだけリボンのついた個体があり、ほかの個体は当然のものがない個体、と言う事になる。
どうしたものか。
複数に分かれない、鯨のような図体ではすぐに見つかって焼かれてしまう。
ひとまずリボンを巣の中心に置いて、意識を分かち、並列的に意見を出す事にする。
これをどうしようか。
そもそもこれは何なのだ?
食うてしまうか
しかし、手放しがたい。
二度と手に入らないきがするぞ。
腹が減った。
腹が減ったなあ。
しかしこれも気になるのう。
ならば別れる個体の分手に入れればよいのでは?
おう、それはいいな。
この色は巣に置いて、
同じものを手に入れて巣に持ち帰ろうか。
面白そうだ、我々はなにを連れて戻ってくるのだろう。
全くだ。
ではゆこうか。
ゆこう。
ゆこうぞ。
口々にそういって、彼らは駆ける。
或る者は自分を刺そうとした剣の煌めきを持ち帰り、或るものは海の貝殻を持ち込み、ある動物の毛皮や、煌めくような宝石を持ち帰った者、赤色のリボンを持ち帰るものもいる。
猫や犬を口の中で住まわせて、その生き方を楽しむ者もいた。
ばらばらなそれぞれの宝物を胸に、統合して一つになると、今までより自分の記憶に色合いが増え、面白くなってきた。
次は何を探そうか。
次は何を求めようか。
地を這う影は色を持ち、濃淡は形を作る。
巣を立って、世界を廻る。
様々な色を食べては蒐集するうち、彼らの外側より内側の方が色彩が多くなり、ずっと統合した記憶の中を眺めるようになってきた。
身体は大きくなりすぎて、今も肥大化を続けている。
その中には、色彩と生き物の姿があり、やがては影の国と呼ばれるひとつの世界となっていく。
まどろみの中で影は今も夢を見続けている。
自分たちの内側で分裂と統合を繰り返し、再生産されてゆく世界群は、外よりも大きく、今も肥大化を続けている。
その中心には、大きな赤いリボンが、色褪せずに残っている。

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眠れない、でも起きていたくもない。
澱んだ気分のまま、
何もかもが通り過ぎてゆく。

溜息をついて、瞼を閉じる。
ああ、暗闇の中に何かが沈んでいるような気がする。
でもそれが何かは、解らない。
諦観か、疲労か、もっと深いところに沈んだ怒りや、喜びを求める気持ちなのかもしれない。
巧く言えないまま、それはずっと漂っている。
振り払いたい、と言う気持ちも起きない。
深く重くなってしまった自分の記憶。自分と周囲の乖離。埋めがたい力量の差や人間関係。
感情と義務感が別の方向を向いていて、スパゲティー・コードみたいに絡まっている。
錯綜しすぎて、このまま世界なんて滅んでしまえ、と思うような破滅願望が心を過ぎる。
しかし現実には何も起きない。
魔法は失われ、感情は解体され。知識、技術、記憶としても、個人の意味は薄れていく。
論理的な言葉が、好きなものをルーチンにすぎないと解説する。
すごいと想うものを過去の手法に沿ったものだと指摘し。
大して、と思うものを賞賛してる。
客観の事がよく解らない。
客観と主観はいつも乖離するものだけど。最近、彼らはミキサーのように高速で回転を続けている。
遠心力で離れて行き、同じものを見ている筈なのに遠い気持ちになる。
そして社会で生きている以上、関係性を崩さないようにバランスを保ちながら、暮らすしかなく。
そのために仮面を被り、記憶も主張も感情も全てミキサーに放り込み。
どろどろの液体になるまで砕かれた、原型を留めない気持ちを抱えながら、口にする

そうですね。
そう思います。
私もあれが嫌いですよ。


私の姿は何処にあるのだろう。
風に揺れるカーテンから、朝の斜光が滑らかな私の手を映す。
手を握ると、それも小さく動く。
自分の鼓動を聴く。
心臓の音がする。
息を吸う。
窓の外には、青空が広がり、風はいつも通り吹き始めている。
沢山の人たちがそれぞれの服と顔をして歩き、画一的なものの印象は薄まっていく。
でも、ネットワークも人の姿も、心の内も社会のひとつ。
人の姿が多様すぎ、渦巻いて把握できない世界に1人、たたずんでいる。
ため息をひとつ。
何となく。
携帯電話を取り出し、先輩に電話をかける。

チャイムが一つ。
お邪魔します、と後輩さん。
曲線が目に写るような綺麗な礼をして髪が揺らぐ。
お邪魔されます。とフランクな礼を返し、部屋の奥に案内する。
ゲームとおやつが山積していた部屋は磨かれて、光沢を返している。
我ながら一日でよくやった、と思う。

ゴミを指定された袋に詰め。
(なんでゴミの分別はこんなに監視された気分になるのだろう)

床に掃除機をかけて。
(掃除機の先端部分は何故細いままなのだろうね。絡まったりする度に作業が止まるのが困り者。Ctrl+a→Delしたい。でもそれでは私も消失してしまうのだろうか?消失した私にUndoは効くのだろうか?よしんば効いたとして、その私は連続した私なのだろうか)

バケツに水を入れて。
(何故バケツは青色なのだろう。赤色に塗ってみようか。でも中身が全部揮発性のある液体にったら困るな。そうなるとガバメントで撃って敵兵士ごと掃除するか。でもそれだと点数は増えるけどなにも減らない。そもそも対戦型FPSの兵士って何処から沸いてくるのだろう、畑から採れてるのかな?でもイギリスの畑からはどんな兵士が採れるのだろう?パンジャンドラムが畑に生えていたら嫌だな)


水に漬けた雑巾を絞って
(絞ると言う行為ほど破壊的な行動はないと思う。
これが生物だったら大変なことになるだろう。中身から骨が突き出して、臓器からはいろんな色の濁った液体が皮と毛を通して染み出てくるのだろう。まあ、雑巾も似たようなものか)

床を拭いて。
(それにしても、綺麗にしたいと言う欲求が私の中に生きていたのか。
いや、何度か死んでるのだからゾンビか、灰か狩人といったところか。毎回悪夢の中に帰る点では狩人さんの方が適切かもしれない。私の中の綺麗という感情は、アメンドースサンに握られるぐらい理不尽に死ぬのだろうな)


汚れた雑巾を水に漬けると、黒い色が拡散していく
(豚にバックスタブしてリボンを取り出した私の狩人さんもこんな気持ちだったのか、と彼女の事が少し解る気がした。そうだよね、エミーリアさんには何度もかまれたくなる。脳液だって甘くておいしいし、不思議なオブジェがあると交信したくなる。ああ、そうだ、宇宙は空にあるんだ)


バケツの中の水を全て捨てて
(水は全てを浄化すると言うけれど、水にとってはたまらない話だ。私だったらとっくに助走をつけて殴りつけている。殺意を抱いても仕方ない。ああ、水に意志がある世界にすんでいる人は大変だな。でもこれはちょっと言い訳出来ないから、人間はその世界において、素直に絶滅しておこう)


全部片付けて。(つかれたー)


100円の桃サワーのふたを開けて飲む。(おいしー!)


といった風に数十回もの脱線事故を起こした結果がこの部屋なのだ。


先輩の部屋がこんなにきれいだと想いませんでした。
うんうん、流石後輩さん解ってる。でも裏側にとげがついてる気がするぞ。
私だってきれいなものや、可愛いものが好きですし。
かわいい?
かわいい。
先輩が思う可愛いものの具体例を上げなさい(10文字、10点)
ガッツの狂戦士モード
10文字できっちりノータイムでそろえる割に、あんまりかわいくないのが流石先輩です。
何それ、可愛いじゃない。わんわん。
わんわんは可愛いですが、あれは犬に含めていいのかな。
いいと思うよ。
そうかあ、なんか、先輩は揺るがないですね。
えへへー

今日も機械的な音声が何かを伝えている。
白線の内側に、次の駅は、忘れ物のないよう、ご注意ください。
毎日聞くことになる、実体のない声。
ブラーのかかった音、劣化して震える音、ソナーみたいな通知音。
どこに設置されているかも解らないスピーカーから響き。
当たり前に過ぎ去ってゆく。
家にいる時も、仕事をしているときも響いているのだろうな、と思う。
無数の靴の音と一緒に、何万、何十万と続いている声。

しかし、今日はその声が聞こえなかった。
誰もが日常を通り過ぎる中、それが途絶えている。
警告なく駅に入り、停車する地下鉄。
ビープ音もなく開く扉、機械的に閉じて、始動する。
次の駅は示されない。間もなく、というアナウンスもない。
ただ、何処かへと進み続けている。
この電車は何処に行くのだろう、と思う。
扉の上にある電光掲示板は暗いまま、中づりの広告だけが明るく揺らいでいる。
進み続ける地下鉄は風景も変わらず、埃の香りが漂い、落ちると死ぬのは確実で。
電波も届かない。
どうすることも出来ないまま、走る音と振動が続いている。
お腹がすいて喉が渇いても止まらない。
私は今、どこにいるのだろう?