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幻想廃墟の裏庭空間

「そこに真っ白な空白があると、何かを書きたくならない?」

22:38

22:38


夜闇に響く、或る遠吠え。


何かを嫌っているのか、何かを求めているのかすら解らないほどに文脈から切り離された残響が、今も耳の底に響いている。


遠い声。

朝焼け、昼の眩しさと暖かさ、夕闇の赤色に、夜の月と蒼い夜。

心の底に響く、一日の残響に、耳を澄ませて、かき乱されて、深呼吸をして、誰がどんな顔をしていたのか、記憶の底から掬いあげて。

改めて、息を吸い、心を冷やし。

 

少しだけ。

許す。

 

許せないけど、少しだけ、許してあげる。

寝不足で安らかな寝息を立てている私の横で。
AM4:00に設定したアラームが、部屋の中に、静かに響く。

ピアノの色は音階を一段ずつ慎重に昇り、それをささやかなコーラスが支えている。
やがて頂上まで登ったピアノは足取り軽くステップを踏むように踊り。
そして、蒼穹から落ちる隕石みたいにコーラスが叫び、ドラムとシンバル、コントラバスを添えて、音の階段を落下する。

そこからは、谷の底に堕ちて怪我をしたピアノを重低音が激しく揺さぶる。

生きるべきか、死ぬべきか、音楽の内に秘めた物語が急変を告げる中。
閉じた瞼をさらに強く、目をつむりながらテーブルに手を伸ばし。

そんな物語に、無情にも停止ボタンを押す。

それで音楽が作り出していた世界は終わり。
静寂と安眠だけが訪れる。

月:黄:白星軌道

白星軌道と言う名前の部屋を開くと、果てしない暗闇の内側に、ある煌めきが走っている。
喫茶店の彼女はそんな事を話し、物語を朗読をするように、こう続けた。

僕たちは、いつも旅をしている。
宇宙を走り、星を渡り、草原と海を駆け抜け、波の中に拡散し、彩に音もなく返される。
山並みを超えて、道ゆく無数の人を過ぎ去り、渡り鳥を追い越して、彩りに溢れた世界を、何の関係性をもてずに走り去ってゆくばかり。
たまに、誰かに触れてみたい、と思う。
でも、僕たちが身体を持てばすぐに自壊するだろうし、もし、何かに触れたとしても、次の瞬間には相手を壊してしまう。
声を出そうにも、声より早く過ぎ去り。
何かが意味を生み出した時にはもう、僕らはそこにいない。

僕たちの生はただ、通り過ぎることしか出来ない。
いつか、足を止めて、誰かと話すことが出来るだろうか。
大気圏の向こう側でみたことや、信じられないような様々な星の風景。
広い空間を旅することの寂しさや、様々な秘匿、それらを通り過ぎてしまう悲しさについて。

その扉の中にいる光は、今もそんなことを思いながら、広い宇宙を旅している。
彼らの旅に終わりはなく、そして語られることもない。
それでも、蒼い空の遥か先で、今も果てしない旅を続けている。

彼は今頃、一体何を見ているのかな。
そう懐かしそうに言いながら、彼女は天窓に広がる蒼穹を、眩しそうに仰ぎ見た。

枕の中に顔を埋めてから、くるりと仰向けになり、白い天井を眺めている。
淡い壁紙の模様と揺れるカーテン、ささやかな風の薫りが頬を撫でる。
手のひらを上げ、指先をじっと眺める。
私の意思に応じて指先は動く。
そのまま人差し指で首筋をなでると微かな不快感。
胸に手を当てると心臓の音がする。
なぜだか解らないけれど、私は生きている。
心臓に止まれと意志を出しても止まらない。
身体に布団から出ようか、と提案しても動かない。
私は一体なんなのだろう。
朝のカーテンは爽やかに揺れて陽の光に影を作る。
布団を握ると柔らかく暖かい。
何故か。
何故だろう。
形にならない問いかけは、消化できずにお腹のあたりにたまっている。
整理できない想いが喉に詰まって唾を飲む。
倦怠感と沼の中にいるように重い身体。
寝転んだ姿勢のままにスマートフォンを手にとって、今頃あの子は何をしているのだろうとぼんやりと思う。
想いながらも情報が開けない。
鍵のかかったドアノブを、解ってるのに回してみる感覚。
ガチャガチャと音を立てて、そこに鍵がかかっていることを確認している。
そのようにアイコンをぼんやりと眺めてから放り出し、布団の中を横に転がると、髪の毛が顔に被さり、それを払うと、携帯電話から通知音。
上半身を起きあげて、姿勢を正して。放り出したものを手にとりまして。
ちょっと息をためてから、アイコンを押し、カーテンをあける。
陽の光が差し込み、彼女の声が聞こえてきた。
うん、そうそう。昨日はどうしたの?大丈夫?それはよかった。うん、またね。次はもっと美味しいものをご馳走するから、覚悟してね?
通話を切ってから、大きく息を吸う。
不思議な事に、切っ掛け一つで気持ちがころころ変わる。
私はいったい何なのだろうか。
漠然と自分の気持ちに戸惑いながら、カーテンをあけて青空を眺めると。
大きな鳥が、自由気ままに蒼空を飛んでいた。

蒼い夜と小さな星灯りの下、ベンチに座り、身体を伸ばして、ため息を一つ。
足元で白い猫がのんびりと足下を八の字に歩いていたので、何となく拾って喉や頭をなでてあげると、彼はごろごらと不思議な音を出しながら膝の上で丸くなる。

公園に吹く、なだらかな風。
呼吸する猫の命が暖かく、柔らかい。
木の葉がささやかな歌を歌い、花壇に咲くアイリスがその蒼い花びらを傾ける。
時計の針は今日も今日とて進み続け、猫の心臓は動き続けている。
街を彩る灯火と、ライトをつけた自動車が海底をゆく潜水艦のように道を照らし。
無骨なコンクリートの建物たちが巨人のようにたたずんでいる
公園には、猫と私だけが取り残される、
満点の星空の下、忙しく廻る社会を尻目にして。
私はのんびりと生きている。
例え事故で腕を失っても、周りの誰かが居なくなっても、家や大切な者が消えていっても。
こうしてベンチに座り、空を仰ぎながら猫を抱くだけでも、何となくいやされる。
駆けめぐるような今日と明日の狭間、頼りない日常を抱いている私のそばで。
猫の間延びしたあくびが、空に溶けていった。


自分自身で完結する生き方、と言うのはできるのかな?
うーん。
そうねえ。
人間一人で生きるには力は弱く。余りにも周りは人であふれているし。
人間一人で生きていけるほど、価値観も技術も多様化しているし。

じゃあ、人間はこれから先、生きていけると思う?
生きていけると思う。多様性があり、独自性もあり、それを持つ寛容さを持ち合わせ、力も持っているから。
苦しくても、力尽きて絶望の底に追いやられてもなお、そこに意味を見出して力に変えられるから、形はどうあれ、何かの形で続いていくのではないかしら。

じゃあ、人間は愛すべき種族だと思う?
私は好きだよ。
私は嫌いかな。
多様性があるし。
情報を共有しすぎて画一的だし。イデオロギーにとらわれ過ぎじゃない?

じゃあ、人間と暮らしていきたい?
どんな人間かによるかな。
ほんと、そうね。
絶望している人をいれば希望を持つ人もいるし。
幻想の中に生きている人もいれば現実の中に生きている人もいる。
考えれば考えるほどつかみどころがない。
種族としては素敵だけれど。
個人としてはどこまでも、よくわからない。
定義してはいけない気すらする。
でも定義しなければ様々な問題を解決できなくて
でも多様な価値観がそれを邪魔している。
その矛盾した中でもなんとか答えを得ようとしている姿が。
素敵ね。
素敵だわ。
次のステージでも苦難が待っているけれど
きっとそこでも、乗り越えていけるんじゃないかな。